いじめゼロを目指して

何か意味がある

私は今でこそこれほどのポジティブシンキングになりましたが、いじめられている中学2年生の頃は、本当に辛くてどうしていいか分からなくて、ひとりで泣いたり悩んだりして過ごしていました。
しかしその時に今の考え方ができるようになっていたら、さらにいじめから脱出するのが早かったかも…とも思います。

といってもその頃からもう20年以上も経っているので、成熟した大人だからこんな芯の通った強くてたくましい心になったのかもしれませんが…。

いじめって表面的なその場の構図だけ見てもあまり意味がない気がします。
根本的に気持ちの根っこが変わらなければ、またいじめる人いじめる矛先を変えるだけです。
それで苦しむ人がまた増えてし まう…これでは何にも解決したことにはなりません。
心の根っこに人が傷つくような事、苦しめるような事をしてはいけない、そういうことをしたら相手の人がどんな気持ちになるかを想像できるチカラも必要だと思います。
そして人に施した事は自分に返ってくるということも思想として必要。
いいことを行えば、回りまわって他の場所から助けてもらえたり、逆に人を苦しめたなら今で言う倍返しで返ってくるものだと肝に銘じておいたほうがいいでしょう。
そしてもし、いじめられたなら、それは自分が乗り越えるべき試練であり、自分にはそれを乗り越えるチカラがあって、克服した後には新しい強い自分になれるのだ、という強い気持ちがあれば、いじめられているときでさえ、物語の中の主人 公のようにたくましく成長していけるかもしれませんよ。
本当の弱虫は、いじめっ子なんですから、徒党を組んでいないと行動できない人たちに翻弄されることはありません。
自分の正しいと思う道を突き進むだけでいいのです。
相手を憎んでも仕方ないですから、自分自身との勝負に勝つことを考える。

いじめられている、このことにも何らかの意味があるんです。

大人の世界でのいじめはもっと強烈なことだってあります。
大きな会社に小さな会社ごと潰されてしまったり、会社の中で酷い扱いを受けることだってないとは言えません。
若い頃にいじめに遭うことで、こういった大人の世界ではじめて味わう試練を先にシュミレーションしているくらいの気で、自分のチカラと親などの協力で何とか切り抜けてください。

しかし命にまで関わるようなことが起ったら、親はもちろん学校や警察などにも、周到に証拠を取ってきっちり相談しましょう。


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