いじめゼロを目指して

戦争のことを知ろう

私はもちろん戦争のことは直接知っている世代ではありませんが、たまたま読んだ書物のなかで、私の現在住んでいる地 方でも、第二次世界大戦のときに大空襲があって、名前の知っている川のところが死体で埋まっていたり、亡くなった人たちを踏みながら逃げ惑ったと言うよう な実際にあった戦争の様子を少しですが垣間見たことがあります。

今物販のお店に立っていますが、80代のおばちゃまが時々買い物に来られ、とても饒舌な方なので昔の 話をよくしてくださるのですが、その中でも同じような悲惨な戦争のお話を何度か伺っています。
この当時には、きっと国民みんながただ単にごはんが食べられて、家族が一緒でゆっくり眠れるだけでも幸せなはずが、ゆがんだ思想ゆえに戦争に駆り出され、殺したくもない人を殺してきたんですね。
とはいえ殺さなければ殺されるわけですから、もう人間の感情は普通の心ではいられない状況が現に数十年前には日本にもあったわけです。

今でこそ皆さんは普通に生まれてきて、ごはんが食べられるのも親といられるのも、温かい場所で眠れるのも当然と考えているかもしれませんが、これですら当然ではないんですね。
本当にとってもありがたいことなんです。

しかしそういった時代の事を全く知らなければ、今生きている事の素晴らしさも、人に対する思いやりも生まれてきづらいのではないかと私は思います。
戦争の悲惨さを知ったらいじめなんてどうしてできるでしょう。
いじめの思想のその延長線上には戦争があると思います。
人を踏みにじってでも自分がよければよい、という考え方はまさに戦争の思想です。
しかし今の小さいお子さんには戦争のお話はどの程度伝わっているのか…私のときで、道徳の時間に少しと、古いフィルムで原爆が投下されたときの様子やその後被爆して助かった方の話などを見た記憶があり、修学旅行で原爆ドームにいった…この程度でした。

しかし昨今これだけ「いじめ」の話が後を絶たないことを考えると、こういった時代の事、思想の事などももっと 、教育の一環に組み入れていくべきだと思います。
「いじめ」る人の心の中は、相手がどうなっても自分が楽しければいい、とか、ねたんで陥れようといった濁った考え方が渦巻いています。

大人の世界の中にも、平和に見えても日常の中に争いはありますし、出来る限り争いをなくしていくには間違った思想は正していくといった取り組みが必要なのではないでしょうか。


>>次ページ   貧しくないですか |≪   前へ   11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21  次へ   ≫|